宮古島旅行記03

停電中の宮古島

2日目の夜8時過ぎ、機内窓から見る明かりのない島の景色に台風の傷跡を感じながら、やっと宮古島に上陸することができました。空港は非常灯がついてましたが、島内は発電所付近の一部の市街地を除いて停電中で、懐中電灯の明かりでレンタカーの手続きをし、信号の消えた暗い夜道を宿に向かうことになりました。カーナビを見ているので道は合ってるのだけど、真っ暗でどこを走っているのかよく分からない、ちょっと不安な感覚、明かりのついているエリアを走っているときのちょっとだけホッとするような安心感、明かりに人の気配を感じていたのかもしれません。

市街地から少し離れた宿はやはり停電中で、電気のない生活を離島にて体験することになりました。蒸暑い寝苦しさのあまり夜中に外に出ると、雲の切れ目から見えるきれいな星空と草むらを舞うホタルに逆に癒され、後で思い返せば、きっと思い出深い旅になるんだろうなあ…と思ったり…。朝方、発電所から近いこの建物は何事もなかったかのようにポッと明かりがつきました。

今回泊まった宿は、まだオープンから3か月ほどの新しいゲストハウスで、この日宿泊予定だった来間島の宿が台風の被害で当日キャンセルになってしまったため、泊めていただけないかと相談したところ、停電のなかでも部屋の準備をしてくれて、予約をしていなかった自分たちを受け入れてくれました。真っ暗な中でも温かい気持ちになれたのは、やはり人の温かさに触れたからなのだろうなあ。
砂山ビーチ近くに立地するお薦めできるゲストハウスです。

ゲストハウス コア

宮古島旅行記02

王蟲

宮古便の欠航により急遽滞在になった那覇、那覇市内も台風の影響で暴風と強い雨が突然吹き荒れる天気でしたが、ゆいレールで遊覧したり、沖縄県立博物館に「ジブリの大博覧会」を観に行ったり(王蟲の模型が観れただけでよかった)と、予定外だった沖縄を楽しみました。

天然温泉「りっかりっか湯」で疲れを癒し、ぐっすり寝て、予定がはっきりしない明日に備えます!

沖縄県立博物館・美術館

宮古島旅行記01

台風13号

9月5日~11日まで遅い夏休みをとり、宮古島へ行ってきました。しかし出発の日は台風13号が宮古島に直撃した日で、この日の宮古便はすべて欠航、那覇経由の乗継便であったため那覇まではかろうじて辿り着くことができました(午後からの便は那覇行きも欠航になりました)。ここで人生初の振り替え便。振り替え便の予約は先着順ということを知らず、そのことを知ったのが少し遅かったため、翌日の便は午前から午後まで昼間の便はすべて埋まってしまっていて、一番早い便で夕方の便(この時点では予約便が飛ぶかはまだ決まっていない)ということでした。振り替え便の予約を済ませ、ひとまず那覇にてホテルを探して急遽1泊することになりました。明日着けるかまだ分からない状況、波乱の旅のはじまりとなりました。

13.自然と人との関わり

1枚目の写真はイタリア・アンコナの写真です。アンコナはマルケ州アンコナ県の県都で、アドリア海に面した港町です。港からは対岸のクロアチアやギリシャへの客船も出航しています。アンコナ港から丘を上り中心街の大通りを南東に抜けるとそこは丘の終点で断崖になっていて、前面には広大なアドリア海が広がっていました。
崖を降りてみると、色とりどりの木製の観音扉が海岸線に沿って数え切れないくらい並んでいました。その扉の中はそのひとつひとつがトンネル状の穴になっていて、舟が納まり、扉を開きそのまま前進すると入水できるような、非常にシンプルでダイレクトな構造になっていました。

2枚目はブータン・パロのタクツァン僧院の写真です。そこはチベット密教最大の聖地といわれ、断崖絶壁のすごい場所(標高3100m)にありました。遠くから眺めていた時もすごい場所だなあと思っていましたが、近くで見たときの方がそのリアルな地形を目の当たりにし、より、そう実感したのを覚えています。

アンコナで観音扉の列を見たときは「何だ?何だ?」という感じで、街を散歩しているときに新しいものを発見した時のような身近な感覚でしたが、タクツァン僧院では(チベット密教のことを少し頭から外せば)、「えーっ!おーっ!何でここに!」という感じで圧倒され、その印象は全く違ったものでした。

両者に共通している点は自然と人が向き合っていること、そして自然との関わりの上に建築が成り立っているということだと思います。そしてこのことは自然と人との関わりに建築の出発点があることを教えてくれているように感じました。

12.海辺に見た平和的風景

ノルウェーミラー

1枚目はノルウェー・ヴォス近郊のフィヨルドの写真です。フィヨルドは海なので川のような流れはありませんが、この日は風もない穏やかな天気だったため、波もない静かな水面には、背景の山並みがきれいに映し出されとても幻想的な風景でした。
水面が背景の景色に同化することで、陸と海の境界線はぼやけてあいまいになり、まるでひとつのつながった風景のようになっています。ボーッと眺めていると水の存在を忘れて海に足を踏み入れてしまいそうで、その静寂に満ちた風景に非常に平和的な気持ちになりました。

2枚目の写真はポルトガルのポルトから北へ約50kmほど行った海岸です。白い波しぶきを上げて打ち寄せる波のラインの美しさ、引いていく波の動き、波の音、風の音、人々の声、そして浜辺でビーチサッカーをしている少年たちの姿に心和まされた風景でした。そしてやはりここでも平和的な気持ちになったことを覚えています。

これらは両方とも海の写真なのですが「静」と「動」でまったくその印象は違います。しかしそこから感じた平和的な感情は共通していました。それは水辺との関わりに起因しているのかもしれませんし、陸と海との接点のありように起因しているのかもしれません。

建築の場合、計画の中に水辺を取り入れるケースは多く見られますが、水辺との関わりや水辺との接点のありようを考える上で、これらの事例で感じたことは非常に大切なことなのではないかと思いました。

11.木製の屋根付き橋からの風景

1枚目はイタリアのバッサーノ・デル・グラッパにて橋上から見た風景の写真です。この町はヴェネツィアから北へ約100kmの場所に位置し、町の中心にはブレンタ川が流れているグラッパ山のふもとの小さな美しい町でした。
川にかかる木製の屋根付き橋(アルピーニ橋)は町のシンボルになっていて、その橋から見る風景は山々を背景にした美しい町並みが非常に印象的でした。そしてその日は雪が残る寒い日でしたが、他の場所から見たときに感じた自然の厳しさとは違い、木の橋の上から見たその同じ町並みには何故かあたたかさを感じていました。

2枚目はブータンのプナカゾンを橋上から見た写真です。ゾンとは行政と寺院の機能を備えた城塞のことで、日本でいうと役所や議事堂などにあたる場所なのですが、その全景を見たときは威厳があり、まさに城塞といったイメージ通りの印象でした。
このゾンは紫色の花が美しいジャカランタの並木に囲まれていて、左右に川が流れているため中に入るには木製の屋根付き橋を渡るようになっていました。しかし屋根がある木造の橋に足を踏み入れた瞬間、今までの遠い存在に見えていたゾンが急に身近な風景として目に映ってきました。そしてその時バッサーノの橋のことを思い出したことをよく覚えています。

これらは、「ものを通して見ること見せること」によって建物や町並みの印象が変わってくることを再認識させられた事例です。そしてこのことは建築を計画する上でのアプローチ部分の大切さを教えてくれているようにも感じられました。

10.屋根の力

1枚目は沖縄の中村家住宅の写真です。18世紀中頃に建てられたというこの住宅が沖縄戦の戦禍をのがれたという事実にまず驚き、そして敷地内に入るとその屋根の美しさにひきつけられました。
住宅の周囲は防風林として屋根よりも高い木(フクギ)に囲まれていました。そのため周囲の家々とは縁が切れていたため、漆喰で固められた赤い瓦屋根の存在をより強く感じていたのだと思います。棟の長さが短い寄棟の大きな屋根のデザインは重すぎず軽すぎず、心地よい安心感を与えてくれていました。

2枚目の写真はクロアチアのドブロブニクです。旧市街の周りを取り囲んでいる城壁の上から旧市街を見下ろしています。同色の洋瓦で統一されている屋根が一面に広がり、背景の青いアドリア海とマッチした美しい風景でした。
屋根は機能としては強い日差しや雨風をしのぐという大切な役割を担っていますが、ドブロブニクの一面屋根の風景を眺めていると、家々の屋根が集まることによって街の風景がつくりだされているということを改めて気づかされます。

設計中に屋根のデザインに行き詰ると、道を歩いている時も、電車に乗っているときも、屋根ばかりを目で追ってしまうことがしばしばあります。屋根を中心に建築を見ていると屋根がいかに街並みに影響を与えているのかが見えてきて、建築における屋根の力を再認識させられます。

09.同じようで同じでないこと

1枚目の写真はノルウェーのホテルのロビ-です。ソグネフィヨルドのグドヴァンゲンからヴォスの間に位置し、バスの休憩所として立ち寄ったホテルです。断崖の上に建っているため雄大な渓谷を眺めることができるホテルでした。
そのロビーは絶景に対して前面がガラス張りになっていて、左サイドの壁も上部がスリットガラスになっていました。それはあたかも自分が自然の中にいるかのような気持ちになれ非常に開放感を感じられました。しかしその反面「ここでゆっくりしたいな」という気持ちにはならなかったことも覚えています。

2枚目はフィンランドのオタニエミ教会の写真です。ヘルシンキ工科大学の敷地内にある小さな教会です。装飾的なものはあまりなく、十字架が教会の外側(森の中)に立てられているのが特徴で、他のフィンランドの教会でもそうですが自然崇拝の考えが非常にシンプルに表現された教会だと思いました。
ノルウェーのホテルとは違い前面だけがガラス張りになっていて、開放感では負けているかもしれませんが逆に自然をより近くに感じることができ、「ここでゆっくりしたいな」「ここで四季を感じてみたいな」という気持ちになったのを覚えています。

どちらがいいとかそういう問題ではないのですが、ちょっとした窓のデザインの違いが「開放感」と「自然を取り込むこと」は同じことのようで同じことではないことを気づかせてくれています。そして「外で感じている自然の美しさ」と「建物の中で感じる自然の美しさ」は同じではないということも感じられました。

水車

お蕎麦屋さんの水車にふと目が留まり、水車の規則正しい動きに、鯉の自由に元気に泳ぎまわる姿が何か心地よく、長い時間見入ってしまいました。あたり一面の紅葉もいいですが、水車に落ちた数枚のモミジもなかなか風情があります。

柿のかき氷

寒い中でのかき氷もいいですね!紅葉とは違った味覚の秋を満喫しました。「阿左美冷蔵」にて。